University Insightでは大学内の一研究者の視点から,大学をもっと良くするためにはどうすれば良いかを考えていきます.
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大学は,研究と教育を通じて社会の未来をつくる組織です.オーストラリアでは「大学の研究に1ドル投資すると,5ドルの経済効果がある」と報告されています[1].
それほど重要な存在であるにもかかわらず,大学教員がどのようなモチベーションで働き,何に疲弊し,何に支えられているのかの理解は十分に浸透していないように感じます.この問題を正面から整理しているのがWattとRichardson(2020)による論説 [2]です.
今回は,その内容を手がかりに,「大学にとってモチベーションとは何か」を考えてみます.
オーストラリアの大学教員の現状
論文が引用している調査によると,多くの大学教員は自分の専門分野への強い情熱(94%),新しい知を生み出したいという欲求(91%),知的に刺激的な仕事への期待(96%)をもって大学の世界に入っています(内発的動機付け).
一方で,研究については,研究費・研究設備・研究時間,教育については,過重負担・多様な学生対応等,マネジメントについては,報酬不足・マネジメント不全・雇用不安などのストレス要因が列挙されています.
具体的には,
●自分の業務量は「管理可能」だと思っている:35% ⇒逆に言うと 65% は業務過多
●仕事と私生活のバランスが取れている :33% ⇒逆に言うと 67% はアンバランス
●仕事を自分でコントロールできている:48% ⇒逆に言うと 52% はコントロール不全
●自分の仕事は組織から価値あるものとして評価されている:46% ⇒逆に言うと54%は価値評価不足
●雇用が安定していると感じている:34% ⇒逆に言うと66%は不安定感あり
即ち,「やりがいはあるが(90%以上),業務過多(65%)で,私生活と仕事のバランスが取れず(67%),自分ではコントロールできず(52%),組織から価値あるものとして評価されていないと感じている(54%)」という大学教員達の姿が,数字で表現されています.
また,労働時間についてはさらに踏み込んだ数値が出ています.
●平均で週15時間の無給残業
●週60時間以上働いている:24%
●今の労働時間を維持しなければ「十分な研究成果を出せない」と感じている:77%
すなわち,教育・管理業務が膨張し,研究が無給残業部分に押し込まれていることを示しています.研究への強い情熱(94%)を持ちながらも,研究時間の不足(77%)が大きなフラストレーションとなっている様子が見て取れます.
研究のアクセルを踏めば踏むほど,空気抵抗が重くなる...という私の実感とも一致しています.
ここで注目すべきは「教員個人の特性」ではなく,「モチベーションの質」と「組織としての仕組み」であると論文は述べています.
教員のモチベーションを読み解く4つの理論
論文では,大学教員の行動や感情を説明するために,4つの心理学の理論を用いて整理されています.この理論を通してモチベーションの質を見ていきましょう.
1.達成目標理論(Achievement Goal Theory)
教員は「成長したい」「質を高めたい」という熟達目標,「他人より優れたい」「失敗を避けたい」という遂行目標を持っていることが示されています.また,大学では教育が「義務的」に,研究は「評価」に目標が位置付けられやすく, このような質の異なる目標が並立すると負担感が増えることが示されています. 逆に,教育も研究も成長や探究に基づいている場合,ストレスが下がり,満足度が上がります.
2.自己効力感理論(Self-Efficacy Theory)
大学教員にとっての「自分は教えられる」「自分は研究できる」 という感覚が自己効力感です. 特に若手教員では,初期キャリアでの支援の有無が,その後の自己効力感に影響することが示されています.
3.自己決定理論(Self-Determination Theory)
教員は,次の3つが満たされるとき,モチベーションが高まります. 自律性(自分で決めている感覚),有能感(できている感覚),関係性(つながっている感覚)です.
また,研究によると,研究成果を支えていたのは「報酬」よりも,「自律的に研究できているという感覚」のほうが大きいという結果でした.
4.コントロール・価値理論(Control-Value Theory)
その仕事を,社会にとって或いは自分にとって「大事だと思えているか」「自分でコントロールできているか」の2つが,日々の「楽しさ」や「誇り」といった感情を左右します. 管理が強すぎる組織では,感情が摩耗する傾向にあることが示されています(外発的動機付け).
「やりがい」と「モチベーションが高まる環境」は別物
オーストラリアでは,非常勤・任期付き教員の増加,長時間労働の常態化,キャリアの見通しの不透明さが深刻であることが示されています.それでも,多くの教員が「仕事自体にはやりがいを感じている(77%)」と答えています.
これは,教員個人の質の問題としてではなく,環境設計の問題として改善を進めることが有効であることを意味しています.
教育研究のモチベーションは「管理」ではなく「設計」するもの
この研究から得られるメッセージは,「大学教員のモチベーションは,評価で動かすよりも,一貫した目標・ 自律性・自己コントロール感・有能感・自己効力感・関係性が自然に感じられるように設計すべきものである」ということです.これを教員個人レベルではなく組織としてできているか?が重要です.論文では教育と研究と大学業務のバランスも「40:40:20」といった画一的な数字ではなく, 本人の動機や期待する役割に照らした主観的な納得感で決まるべきだとも指摘されています.
研究はオーストラリアを中心としたものですが,日本でも,状況は似ているのではないでしょうか.
では,どうすれば良いか?
ここまでが研究から読み取れる内容です.ここから,研究の結果を参照して「どうすれば良いか?」を考えていきます.大学が組織で動いている以上「全体最適のために,現状では,やらなければならない」ことは当然あるわけですが,それを一旦無視してみて,今後教員のモチベーションを最大化するにはどうすれば良いか?という視点で考えてみたいと思います.
すべての制約をいったん取り払い,「あるべき姿」を可視化して,そこに向かうには何をすれば良いかを考える手法は技術開発の常套手段です.背反は後から潰していけば良いのです.
<教育>
たとえば,現状の大学の授業では,シラバスの詳細な設計要件や,多重的な授業チェックが行われます.当然,私学助成金の獲得や大学評価は大学全体にとっては大切なことですが,それ自体を目的化しないことが重要です.
あくまで,教員が自律的(自律性)に考え「授業内容」や「授業の改善法」,「シラバスの設計」を成長させ,さらに授業の場が教育者としての探求の場になっていると満足度が上がります(熟達目標化・研究との目標同一化).「やらされ感」が出る要素を極力排除することが重要です.
また,授業法の評価は教員のリソースを使いながら評価するのではなく,外から自然に観測するシステムの設計(研究時間確保・弱管理化)がモチベーション向上に結び付くのではないかと私は思います.そこで得られたデータは観測だけに使うのではなく,良い要素の抽出と横展開に使うことで,関係性の構築に利用でき,取り入れた工夫がうまくいけば有能感・自己効力感にも接続できるはずです.こと大学では,自分と研究の専門分野が同じ教員はまず存在しません,そうすると学内の関係性は授業や教育を通したものにながちで,それを通した学内の関係構築の意味でも有用です.
これらに取り組もうと思えるだけの,教員の思考の余白をその前段階として確保する必要は当然あります.
<研究>
また,研究では,教員自身が自らの価値観に基づいてやりたい(自律性)と思える研究ができる環境を整えることが重要です.研究資金は研究者個人が外部から獲得することがスタンダードになっていますが,さらに,研究場所・時間・研究を共にする大学院生・学外の協力者の存在といった環境の整備は大切です.
研究を学会や企業等とのコミュニティーの中で構想し(関係性),それを論文化・実装によって社会に還元する(有能感・自己効力感)ための時間と認知のリソースの確保も重要な要素となります.
<大学業務>
「価値は高いがコントロールできない仕事」より「重要だと感じられている仕事」(コントロール・価値理論),「外から与えられた重要性」ではなく 「自分なりに納得できる意味」(自己決定論)がモチベーションを高めるために有効です.
例えば,学内委員会業務のように大学にとって重要な仕事であっても,目的や意義が共有されず,裁量もない場合には,負担感だけが残りがちです.一方で,自分の専門や経験が意思決定に生かされていると感じられると,同じ業務でも前向きに取り組める余地が生まれます.また,委員会では同じ目標に向かうメンバーが集まりますので,関係性構築の場として機能させることも有効であると考えられます.
このような観点からの活動の設計がポイントになるでしょう.
研究力と教育力の「ポテンシャル指標」の導入
以上が,論文が示す結果に基づいて,私が考える,教員のモチベーション向上の方向です.現状の業務過多である教員の状態[2]を鑑みると,まず手をつけるのは,教員が思考に使える余白の確保であるようにも思えました.
駆動力を得るには,大学評価や,大学への助成金に繋がる評価について,教育・研究成果などの結果指標(出口指標)に加えて,「教員の教育・研究モチベーションを高める工夫が組織としてあるか?」という,ポテンシャル指標を導入する方策はないでしょうか.それらの指標を,教職員のリソースをできるだけ使わずに「定量的」に導出する方法の開発も必要でしょう.
税金を納める一国民としても,国の将来に直結するそこに資金が投入されやすくなる仕組みになってほしいと考えています.
おわりに
各大学には創設者の思いを遺す「記念館[3]」のような施設がある場合も多いかと思います.そこには,評価される大学の面影はなく,強烈な思想とそれに共感する教員達が描かれています.モチベーションの課題についても教員個人の努力には限界があり,大学や社会全体として取り組む時期に来ているのではないでしょうか.それは,教員個人の満足感を高めるためでだけではなく,そこから生まれる研究成果や技術者の質に影響を与え,冒頭に触れたように経済にも波及するでしょう.
時には,記念館に足を運んで,創設者が何のために大学を創ったかを再確認するのも悪くありません.(K)
参考資料
[2]Helen M.G. Watt, Paul W. Richardson, Motivation of higher education faculty: (How) it matters!, International Journal of Educational Research, Volume 100, 2020, 101533, https://doi.org/10.1016/j.ijer.2020.10153.
[3]東海大学松前記念館<歴史と未来の博物館>,http://www.kinenkan.u-tokai.ac.jp/
カバー画像:ChatGPTによる
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